目標を設定しない生き方

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目標とは

まずは、目標とは何か確認してみましょう。
目標とは、到達したい地点にたどり着けるように、目印として設定するものです。何に取り組むか、いつまでに達成するか、といった内容を決めておくことで、最短距離を突き進むことができるわけですね。

つまり、到達したい何か、実現したい何かがある人にとっては、目標を設定するということは、より早く到達するために設定したほうが良いものとなります。

目標設定のデメリット

私が思う、目標設定のデメリットがあります。
期限などが決まることにより、最短距離を進むことになるのですが、おそらく、目標到達のために行動を進めていると、もう少し広い世界が見えてくると思います。

と、いうのも、目標到達のために勉強したりすると、これまで知らなかった事を知る機会が増えると思うんですね。その中には、目標到達には確かに必要ないものの、知らなかったことを知る機会も当然生まれてくるわけです。

この時、目標が定まっていると、到達に必要ないものは「無駄なこと」として認識してしまうので、その世界を知る機会を自ら放棄してしまうことになると思うのです。

まとめると、目標設定のデメリットは、「無駄なこと」を知る機会を失うということです。

無駄が楽しい

無駄ということは、一見不要なもののように思うかもしれません。
しかし、私の人生観では、この「無駄なこと」というのが、光る何かを持っている重要なポイントになっています。その根源は、「人生楽しい方が良い」という人生観にあります。

たまに「何でそんなことできるの?」というような技術を持った人がいると思います。その技術は、生きるためには別に必要ないような技術なので、そういう点では「無駄なこと」に分類されますが、周りの人に驚きを与えてくれます。

例えば私はシステムエンジニアをやっているので、基本的にコンピューターに触れる仕事をしています。ですが、私は「わたあめ」を綺麗に作る技術を持っています。
会社のイベントでわたあめ機が登場したとき、私はわたあめを綺麗に作ることでみんなを楽しませることが出来ました。

ここでポイントは、会社のイベントでわたあめ機が登場するなんて予想できないので、「わたあめを綺麗に作れるようにする」という目標を設定して生きてきた人は少ないだろうという点です。
私は、わたあめを綺麗に作る技術は、目標を設定して身に着けたわけではありません。
地元のお祭りを手伝っていた時に、わたあめを担当することがあり、そこで綺麗に作る腕を磨いていました。

この、「お祭りの手伝い」というタスクは、成り行きで発生したので、目標も何も設定していたわけではありません。おそらく、自分の時間を無駄にしたくない人にとっては、「無駄なこと」なので、参加することもないでしょう。

しかし、私は「面白そうだな」と思い、お祭りの手伝いをすることにしました。
参加してみたら、わたあめ作りという新しい世界に出会い、そこで技術を磨いたことで、数年後に会社のイベントでみんなを楽しませることが出来たのです。

もし、ここまで狙って目標設定ができる人がいるのだとしたら、それは才能があるので、目標設定をして生きた方が良いと思います。
しかし、私はそこまで想定できないので、一見「無駄なこと」と思える様々なことを楽しみながら、身に着けていくというスタイルをとっています。

私は、目標を設定しない生き方

「目標は設定した方が良い」という話をよく聞くので、「目標は設定すべきもの」という固定観念があったので、無理やり設定をして、達成できないことが良くありました。
しかし、設定しないという生き方もできることに気づきました。

私の人生にとって大切なことは、「楽しいこと」です。
目標設定をして、無駄を省きながら生きていくと、意外と目の前に転がっている「楽しいこと」を見過ごしてしまうことが多々あるように思うのです。

「目の前のことを一生懸命やる」という考えを中心に、あえて目標設定をしないで生きていくと、当然、右に行ったり左に行ったり寄り道をたくさんすることになりますが、そうして身に着けた技術が人生を豊かにしていく、ということに気づきました。

というところで、目標設定が苦しいと思っている時は、あえて目標設定せずに、楽しい人生を送ってみるというのもありなのではないか、という提案をいたしました。

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